それまでほとんど興味のなかった目立つ人の不倫に怒って『謝罪を』と思う。あるいは、『行動を改めさせなくてはいけない』と考える。ワイドショーやネット上で常軌を逸したバッシングが起きるのはその表われです。
このとき、叩く側は自分は正しいことをしていると思っている。それどころか、『これは世の中を正すために必要なことだ』と考えてさえいます。自分が正義の側に立って、世のため人のために活躍できるのですから、そこには大きな快感が立ち現われてきます。これは、脳機能画像を撮像すると、人が失敗したときに喜びを感じることからも明らかです。自分自身が正義の権化になれる、その喜びを感じたくて、大衆はひそかに『この人は叩いてもいい』という次の標的を潜在的に探しています。
心理学や脳科学の知見に触れるときには、何事も両面の効果がある、ということを忘れないようにしたほうがいいでしょう
心理学や脳科学の知識も、安易に一般に広げるのはどうなのか、という慎重な見方もあるわけです。
心理学の知見を学ぶときには、『どこまでがデータに基づく科学で、どこからがこの著者の個人的な意見なのか』に気をつけるといいでしょう。
「大事なのは、妬みの種類の峻別です。相手を叩きたい、引きずり下ろしたいという『悪性妬み』は自分も後々苦しくなります。
何かを得たいなら、『良性妬み』をうまく使いましょう。自分がその人を超えることで、いやな妬みを解消するという方向にもっていくのです。妬ましい対象を何とか超えようと何らかのアクションを起こす。すると、その人を超えるだけでなく、そうして得た能力や経験などは自分のものになります。
SNSとの上手なつきあい方としては、「炎上しにくい仕様になっているかどうか」に注目すること。その上で、つい時間を使ってしまう「魔力」を感じさせるツールには手を出さないのが賢明なようだ。
https://zuuonline.com/archives/188463
SNSとかコメント機能が当たり前になってきて、ほんと普通の人が一番怖いって感じますね。むしろ顔出しして毒はいてる芸能人なんかまともですよ、ちゃんと顔晒して責任しょってるんだから。本当に怖いのはあなたの隣でニコニコ笑ってる人だったりするんですよね。ツイッターはもともとやらないけどインスタとか見てるだけでもコメント欄はかなり荒れてますよ。あれも見ない。ヤフコメも仕事のリサーチ目的の時しか見ない。見るとやっぱり気分を害したり不意打ちにいろんな感情に襲われたりしていいことない。見ず知らずの人でも感情って文章にこもるからうつるんですよね。嫉妬とか怒りとかネガティブな人間の感情は極力浴びたりしない方が身のためです。自分が健全でいるためにはある程度情報を取捨選択しないと。昔は見たくない情報は見なくて済みましたけど今はそうはいかないですね。ニュース見ればうっかり非表示にしてなかったりして他人の意見が入ってくるし、通販で買い物しようとすれば人が書いた評価が目に入ってくる。鬱陶しいし煩わしい。かといってネットを見ない、使わないのもまた不便なものだし。スルーする技術は意外と難しい。