持たない暮らしとかすっきりした部屋とかが全盛な感じがしますけど
基本的に人っていう生き物はある程度の物量に囲まれて暮らす方が
落ち着きを得られる、暮らしの豊かさを感じられる、居心地よく感じるのでは
ないでしょうか。
だだっ広い殺風景な部屋、例えば広くてがらんとした会議室を見て
「すっきりとしていて癒される」と思いますか?
「何もなさすぎて落ち着かない」って思うのが普通じゃないでしょうか。
パッと見てがらんとした部屋、何もない部屋の対極にあるのが豊かさであり
それが心の豊かさにつながっているのは確実にあると思います。
物をもたない暮らしの豊かさを提唱する人を見て思うけどいや、普通に持ってる方だし(笑)
今までが単に「持ちすぎ」であって、許容範囲を超えて物を持っていた人が
適量に減らして「物をもたない暮らしは素晴らしい」と言ってるに過ぎない印象があります。
人によって所持品の量のキャパは大きく違っていて大量の物を持っていても
それをほとんど使いこなし大事にメンテできている雅姫さんや内田彩仍さん
みたいな人もいればちょっとでもモノが増えると管理できずにカオスになる人もいます。
ほとんどが後者。なぜなら物を持つこと管理することが「仕事」じゃないからです。
物を使いその様子を提案する系の方は一般人より遥かに多くのシチュエーション
例えば食事シーンなどを仕事で繰り返すので必然的に物を全部まんべんなく強制的に
雑貨や食器やその他もろもろの日用品などを使うことができますよね。いわば仕事道具。
だからインスタで誰かの真似して物を買ってあとで使いこなせなくて捨ててまた買う
みたいなことやってる人いっぱいいますね。迷走しちゃってる人。あれは自分を正しく
客観視できてないことによるものです。自分の所持品の適量を知らない。
昔、とある雑貨店でアルバイトしてたとき、売り上げが落ちたので本社の幹部の人が
来て、店のディスプレイをごっそり変えていったことがありました。それまでは
店舗に任せきりで、ちょっとごちゃごちゃした感じ、雑然とした感じもあるような
温かみのあるお店だったんですが、それがよくないと思われて、展示品の量をがさっと
減らして、品よくすっきりとディスプレイして、前と比べるとだいぶすっきりした
見通しのいい店になりました。
さて、その日からの売り上げはどうなったでしょうか?
売り上げはガタ落ちしました(笑)落ちていた売り上げがさらに半減したんです。
馴染みのお客さんに聞いたら
いいものを探すのが楽しみだったのに
その楽しみがなくなった
と言われました。ちょっと多すぎるぐらいの雑貨がたくさん置いてあって
こんなのもある、これもいいかもって見ていくのが楽しみなんですよね
雑貨屋って。宝探しみたいな感じで。たくさんモノがあると安心するわけです。
がらんとした店に行くと店員の視線が気になったり、見るものが少なすぎて
「これだけ?」ってなる感じ。わかりますかね。この間、アンティークショップに
行ったんですけどあまりにも品物が少なすぎてめちゃくちゃ居心地悪かったです。
店員さんもじーーーっと見てるし。ああいう店は苦手です。
やっぱり店でも部屋でもある程度の物量がある空間と言うのは居心地よく感じる
ものです。無印や100均やニトリで機能的にすっきり清潔に生活しやすく!
ばっかりじゃ見た目にも無機質でなんの余白もないというか。無駄は文化といいますよね。
あまりにも機能的すぎるものを使うときの気分って最初はさっぱりしていいものですけど
だんだんとむなしくなっていくというか、人間味がないから豊かさを感じないんです。
それだけ現代人が時間がなくて無駄を省かないと生活にストレスを感じている証拠なのかも
しれません。
でもいまはやっぱり人の手を感じる工芸品を使うことで感じるような気持ちの豊かさを生活に
取り戻したいと思うようになりました。全然違うから。子どもが小さい頃は特に余裕なくて
そんなことまで正直構ってなくて清潔第一機能最優先でモノ選び、インテリアなど決めてきましたけど
もうそろそろ元の自分の嗜好に戻ってもいいのかも。なるべく自然素材のもの、見てて美しいものを選ぶこと。
例え見えないクローゼットの中であろうがそういうものを使うだけで気分は大きく違うものです。
子どもにもシンプルで機能的なオフィスみたいな部屋を与えるんじゃなくて
好きなものに囲まれて愛着のある家具や日用品に囲まれて生活することの豊かさを知ってほしいと
思う。そしたらこれから大人になるにつれてたとえ貧乏して殺伐とした生活に陥ることがあっても
きっとその生活の良さを思い出して取り戻したいと思うようになるだろうから。原動力になるはず。
落ちるとこまで落ちても必ず這い上がれる。
人生で何があっても「ちゃんと生活しよう」っていう考えってなかなか大人になって初めてできる類
のもんじゃない。やっぱり今までの環境、育ち、親の教育の蓄積です。おかしな暮らし送ってきた人が
ハタチすぎてまともに暮らそうってできるもんじゃない。ああいうのは一朝一夕でできないから。
だからちゃんと暮らす、その暮らし方は親が教えるもの。
ちゃんと起きてちゃんとしたもの食べて、ちゃんと服や部屋を整えること。いわばそういうものが
ちょっとずつ歪んだ結果、太ったりするわけだから。親が肥満なら子も肥満はそういうところの
影響もある。食の環境と生活習慣。中年になると生活の乱れを誰も叱ってくれない。そもそも乱れる
生活の元にはストレスがあるわけで、そのストレスの根源は時間のなさ、お金のなさ、人間関係に行き着く
んですけどね。暮らし方でそのストレスを少しでも軽減できるならそうしたほうがいい。
毎日毎日ニトリや100均やメルカリで手にいれたモノばかり目にしていたら気分も落ちますよ。
結局「その程度」だということを日々自覚させられているようなものですから。それらのものを見ても
豊かさとか美しさとか歴史はまったく感じられないんですから。そりゃあ癒されない。ストレス溜まる一方。
それが節約家の場合だと無自覚になってるから怖い。無自覚に溜まっていくストレスほど怖いものはありません。